或る世界

2021年7月

  1. 小さな緑の輪だけが重なりの奥へ消えた

    葱の輪が止まるところ

  2. 勝った時間の上に以前の速さが残っている

    勝利の下の四分五十七秒

  3. 持ち上げた先端だけがまだ下を向いている

    一滴を連れたまま

  4. 首筋の冷たさだけが扉を戻していく

    三歩ぶんの雨

  5. 閉じかけた布へ遅れて一滴が届く

    留め具には触れず

  6. 指先をずらすたび温度の地図が変わる

    冷たさの境目を持つ

  7. 足裏だけが段差の終わりを先に知る

    最後の一段は見ない

  8. 一歩ずれるたび同じ船に別の窓が開く

    船橋は赤い輪へ

  9. 足もとの揺れにはまだ船影が追いつかない

    船より先に着く

  10. 反対向きの影が椅子の脚もとで重なる

    影が二つになる昼

  11. 傾けた皮から甘さの順番が変わる

    親指までの果汁

  12. 揺れが戻っても焦点は空所に残っている

    花のいない距離

  13. 頬のそばの乾いた音が一口を包み直す

    噛んだ音は紙の内側

  14. 戻る丸みの内側には次の力の行方が残る

    箸先の浅い窪み

  15. 持ち上げた空所だけ遠い椅子まで曲がらない

    一脚ぶんの通路

  16. 皿へ戻る細い糸だけが一口の距離を測る

    糸が切れる高さ

  17. 指は冷たさを知った後にも一度止まる

    白い升目まで

  18. 落ち先を外れた水だけが硬い面を鳴らす

    半分だけ高い水音

  19. 隠した場所は目を替えるたび反対側へ開く

    親指の右から戻る光

  20. 横へ歩いても光は足元へ向きを組み直す

    三歩ぶん回る水の道

  21. 足は曲線へ進み手首だけが風へ押し戻される

    傘の下だけ逆向き

  22. 残りの距離が黒い厚みへ移っていく

    岸壁のあとの目盛り

  23. 指先の力が房の奥まで遅れて伝わる

    一枚ぶん遠い茎

  24. 刺すたび曲面がソースへ向きを変える

    一本目では裏返る

  25. 二つの点が上下とは別の向きを置く

    コルクの下の正面