或る世界

2021年4月

  1. 水面より上で、葉の影だけが先に揺れた

    水の高さ

  2. 箱の重なりに、通るための細い道が残った

    箱の面

  3. 花を取らずに、指だけが枝のそばで止まった

    指の届くところ

  4. 木の高さを越えた窓だけが空を受けていた

    木の上の窓

  5. 小さな葉が、落ちた水を一つずつ受けていた

    葉の小さな器

  6. 人の流れの脇で、パンダだけが動かなかった

    パンダは急がない

  7. 最初の一口の前に、箸先だけが席を選んだ

    箸の空いた場所

  8. 花の奥で、雲だけが窓の中を渡っていた

    窓に残る雲

  9. 開いた口のあいだに、まだ手渡されない空気がある

    袋の口

  10. 伸びた先端は、戻るように光を受けていた

    曲がった先端

  11. 明るすぎる場所で、枝の縁だけが残った

    ひかりの縁

  12. 動く段の外側で、影だけが先に着いた

    動く段のそば

  13. 目をそらしても、光は二つの位置に残った

    二つのまぶしさ

  14. 甘さは、透明な縁の内側で少し揺れた

    グラスの縁まで

  15. 広い芝生に、今だけの屋根が立っていた

    芝生の仮の家

  16. ほぐれた麺は、箸先より先に皿へ戻った

    麺のほどけ方

  17. 空いた空へ、二本の腕だけが先に届いていた

    空へ伸びる線

  18. 光の斑だけが、地面の花をもう一度ほどいた

    光の届く土

  19. 灯りの役目が始まる前、空だけが先に暗くなった

    灯りの前の空

  20. 木陰は、人のいないところまで同じように広がった

    木陰の幅

  21. 誰も座らない椅子だけが、海の方を向いていた

    海に向いた椅子

  22. 月は雲を照らさず、切れ目だけを白くした

    雲の切れ目の月

  23. 戸が開いていても、飾りは室内の光を受けていた

    ガラス戸の内側

  24. 箸を戻すたび、食卓の中心が少しずつ変わった

    卓上の帰り道

  25. 花より先に、葉の隙間から空が見えた

    葉のあいだから

  26. 地面の明るさは、灯りの足元でだけ丸く止まった

    灯りの小さな島

  27. 葉の下にだけ、遠い水面がまっすぐ残った

    葉の下の水平線

  28. 流れる人の間で、止まった人だけが明るく見えた

    立ち止まる輪郭

  29. 箸を入れる前、椀のいちばん高いところが揺れた

    椀の高いところ

  30. 空の明るさと照明が、同じ客席を照らしていた

    客席から来る拍子