或る世界

2020年8月

親指の外

親指を離した場所で、画面の灯りは残っていた

スティックを右へ倒した親指を、途中で止めた。画面の小さな人物らしい像は段差の手前に残り、奥の灯りだけが暗い壁を照らしている。次のボタンへ移る前に、手を膝へ下ろした。

操作しているときには、画面の端が次々に近づいてくる。進むためには、見えていない先を急いで呼び出す必要があるように思える。しかし親指を離すと、今いる場所の灯りや床の線が、まだ消えずに残っている。

自分が動かさない間にも、画面の中で何かが進むのかは分からない。音も切っていた。ただ、何もしない手元と、色のある小さな画面が並ぶと、止まることは画面を閉じることとは違って見えた。

もう一度手に取ると、親指はまだスティックの上へ戻らない。画面の灯りは、次の操作を急かさず、卓上の白さへ小さな色だけを返していた。

木の間の数字

輪郭より先に、木の間から数字だけが見えた

木の間を歩いていると、枝の向こうに二つの数字が浮いた。何を示す看板かは、まだ見えない。足もとを照らす低い灯りとは別に、暗い上の方で数字だけが明るかった。

数歩進むと、その後ろに青い線が何本も現れた。さらに赤い線が交わり、数字の周りに大きな円があるらしいと分かる。けれど枝が揺れるたび、円の外側は切れ、また数字だけが残った。

遠くのものは、全体が見えてから名前をつけるものだと思っていた。ここでは反対だった。数字が先に夜の一部を指し、そのまわりへ線が集まって、遅れて大きな形になっていく。

立ち止まって見上げると、数字の下に小さな街灯が並んでいた。歩き出せば木の幹がまた間へ入り、円は隠れる。それでもさっき見た数字だけは、枝の黒さの向こうでしばらく位置を失わなかった。

パンの外周

端の白さだけが、汁を受け取る場所になった

具を載せたパンを皿の上で少し傾けると、赤い汁が端へ寄ってきた。葉の上に留まっていたものが、白い耳の近くで細く光る。皿へ落ちる前に、指先でパンの向きを戻した。

パンは、具を受けるための平らな場所だと思っていた。けれど外周まで汁が来ると、中央で支える役目とは別に、こぼれる先を一度だけ引き受ける縁になる。柔らかい内側より、焼けた耳の方が先に色を変えた。

すべてを皿へ戻せば、パンは元の白さを保てるかもしれない。それでも端に残った細い色が、具がそこまで広がったことを知らせている。支える面の大きさは変わらず、役目だけが端から少し外へ出た。

パンを持ち上げると、皿には赤い点が一つ残った。耳の角もわずかに濃いままだった。次にどこからかじるかは決めず、その小さな角を下にして、皿の上へ戻した。

白い方から

具を置く前の白さが、パンの面を先に決めていた

匙の背で白いものをパンの中央へ置き、端へ向けてゆっくり押した。昨日は具の汁が耳まで近づいたが、今はまだ何も載っていない。白さだけが、柔らかい面の上を薄く広がる。

具を重ねるときのパンは、上から来る重さを受ける。端には、こぼれるものを留める役もできる。けれど先に白いものを塗ると、パンは何かを支える前に、表面の乾いたところと濡れるところを自分で分け始める。

端まで均一にしようとすると、匙は何度も往復する。少し手前で止めれば、耳の白さは残る。全部を覆わない方が、次に載るものの場所が見えてくることがあった。

匙を容器へ戻す。パンの上には白い線が、中央から端の手前まで続いていた。具を持ってくる前の皿で、その線だけが、まだ使われていない面を静かに区切っている。

葉の余り

最後の一切れより先に、葉の余りが目に入った

皿の端にある一切れへ箸を寄せた。淡い身の下には、皿より大きく見える緑の葉が残っている。ほかの皿にもまだ手を付けていないものがあるのに、箸先は先にこの一切れで止まった。

切り身を持ち上げると、葉の先が箸と一緒に少し浮いた。身を外すために箸を閉じると、葉はすぐ皿へ戻る。さっきまで隠れていた細い葉脈が、空いた場所で急に広く見えた。

何を先に食べるかは、そのときの手元で決まることがある。けれど一切れを選んでも、下にあった葉まで選んだわけではない。箸が離れたあと、葉は残されたというより、次の具が置かれる余地を広げている。

箸を口元へ運んでから、皿を見直した。中央には緑だけが残り、端には次の一切れが少し離れている。葉の先は、さっきより皿の内側を向いていた。

混ざる手前

箸が触れる前に、具はもう隣り合っていた

箸を持ったまま、皿の上で少し止まった。葉の上に細い野菜が乗り、その脇には白い具と濃い色のひとかけらがある。混ぜる前の皿だと思っていたが、どの具もすでに何かに触れていた。

一口を作るには、箸で選んだものを寄せ集めるのだと思っている。けれど、箸を入れる前から皿の中には小さな組合せができている。葉の折れ目に挟まれた細い一本や、白い具の横に残る濃い色は、手で決めた順番より先に隣り合っていた。

最初の一口を急ぐと、皿はまだ多くの組合せを残しているのに、一つの選び方だけが始まる。だから箸先を少し浮かせ、どこにも触れないまま皿を見た。

次に箸を下ろしたとき、葉と細い野菜を一緒につまんだ。白い具は残った。最初の一口に入らなかったものが、皿の端で別の隣を作り始めていた。

先に離す葉

主菜へ行く前に、絡んだ葉だけを離した

切り身へ箸を伸ばす前に、横に盛られた細い葉を二つに分けた。何本かが箸先へ絡み、主菜の上まで伸びている。身を崩さないよう、まず葉だけを皿の端へ寄せた。

添えられたものは、主菜の脇に置かれているだけに見える。しかし箸を入れるときには、先にどこを通るかを決めている。葉が重なったままなら、箸先は身の中央を避ける。少し離すと、端へ触れる余地ができた。

葉を分けても、皿の上の量は変わらない。けれど切り身の見える面が広がり、箸が置かれる角度だけが変わる。先に動かしたのは、食べるための順番ではなく、届くための道だった。

箸を切り身の端へ添える。さっきまで葉に隠れていた薄い線へ、先端がまっすぐ入った。動かした葉は皿の端で、まだ細く絡んだまま残っている。

水面だけが遅い

沈む明るさを、水面だけが少し遅れて受け取った

岸で空を見上げてから、水面へ目を下ろした。雲の切れ目には薄い橙色が残っているのに、水は青灰色のままで、小さな波だけがその明るさを細くほどいていた。

夕方の色は、空から順に暗くなるものだと思っていた。けれど水面には、雲の下へ隠れたはずの色がまだ留まり、波の向きごとに違う明るさを返している。空の変化をそのまま写しているのではなく、少し遅れて受け取っているようだった。

向こう岸の橋と低い輪郭は、先に黒くなっていく。形が見えなくなるほど、水の中央だけが明るく見えた。景色の中で最後まで残るのは、いちばん高いところの光ではないことがある。

風が少し強くなると、明るい筋は短く切れた。水面は色を抱えたままではなく、細かな揺れへ渡していく。岸を離れるときにも、その揺れだけはまだ橙色をほどいていた。