或る世界

2020年6月

看板の先

閉じた通りに、看板の文字だけが遅くまで残る

歩道の端で足をゆるめると、格子の向こうは暗いのに、製作所の看板だけが通りへ明るく出ていた。ボルトとナットという文字を、急いで読んだ。品物を買う予定はなかった。

隣のシャッターは下り、車の窓にも人影はない。それでも看板は、何を作る場所かだけを、閉じた戸より先に知らせている。中が見えないから、文字の方が店の前まで来ているようだった。

少し先へ進んでから、もう一度振り返る。明かりに浮いた字は、店を開ける約束ではなく、通りを歩く人の速度を一度だけ緩めるために残っている。

横断歩道の白線へ足が届くころ、背後の看板は建物の角に隠れた。読んだ文字だけが、暗い通りの中で手のひらほど明るかった。

ひとつ前の籠

上へ行く籠より、次の空いた場所を待っていた

観覧車の足もとで、ひとつ前の籠がゆっくり持ち上がるのを見ていた。自分の前に来るはずの場所は、まだ低い方の曲線を回っている。時計を見るより、窓の色を追う方が早かった。

上へ行く籠には、空が多く映る。けれど自分に近づくのは、いちばん高いところにある籠ではない。その一つ前が上がるたび、下のどこかに次の空いた場所が生まれ、円の裏側から順にこちらへ回ってくる。

待っている間、目は高い方へ行きがちだった。高くなれば遠くまで見えるからだろう。しかし乗るために必要なのは、空の広さではなく、地上へ戻ってくる一つの扉だった。

やがて足もとで籠が止まる。さっきまで空の小さな四角を抱えていた窓は、もうこちらの顔を映している。扉が開くと、次に上がる籠の列が、背中の後ろでまた一つずつ動き始めた。

三角の角

合う向きは、押し込む前の軽さでわかる

レバーを起こしたソケットの前で、プロセッサーを指先だけで持った。四つの角を順に見ていくと、一つだけ小さな三角がある。基板の端にある同じ印へ近づけるまで、金属の面を押さなかった。

小さな部品ほど、強く押せば入るように見える。けれど向きが合っていなければ、力は重さになるだけだった。たくさんの接点は下に隠れ、どれがどこへ触れるのか目には見えない。その代わり、角に置かれた印だけが、全部の並びを先に決めている。

印を重ねて手を離すと、部品は抵抗なく少し沈んだ。まだ固定していないので、動かせばまた外れる。それでも押し込んだ感じではなく、置くべき場所へ戻ったように見えた。

最後にレバーを下ろす。指の力が部品の上から離れ、横の細い金具へ移る。銀色の面は変わらず静かで、見えない接点だけが、その下で同じ向きを保っている。