或る世界

2020年1月

  1. 束ねたのは身体ではなく、離れてよい長さだった

    一つの手、いくつもの遠さ

  2. 越えられない高さは、身体ごとに違っている

    壁は空まで届かない

  3. 光が増えた先から、景色の細部が消えていく

    明るすぎる出口

  4. 広さが一つ増えると、群れの詰まり方が変わる

    空には列ができない

  5. 一口を運んだ道具も、そのまま一口になる

    食べられる匙

  6. 布を上げたあと、水だけが地面へ戻っていく

    水だけを下ろす

  7. 同じ到着が、扉ごとに別の待ち時間を終わらせる

    一台にいくつもの入口

  8. 同じような隙間が、遠くで細く重なっていく

    奥へ行くほど近くなる

  9. まっすぐ見える場所を空け、両脇から近づく

    正面へは横から行く

  10. 絵が消えた場所から、支えていた層が現れる

    剥がれたところだけ厚い

  11. 一枚のパンが、上の底と下の蓋を兼ねている

    真ん中の蓋

  12. 小さな身体を置くと、石の大きさが測れる

    城壁の中の一人分

  13. 狭められた流れが、向こう側でまた街になる

    門の下だけ街が細い

  14. 水が退いたあとにも、届いた高さだけが残る

    海から離れた波打ち際

  15. 味が会う場所から、汲んだ匙だけが戻っていく

    匙は元の皿へ帰る

  16. 意味の手前で、読む順番だけがこちらへ届く

    読めない大見出し

  17. 足場のない高さが、見上げる人の売場になる

    空中にも棚がある

  18. 通った水面だけが、しばらく道の形を保つ

    航路は船のあとにできる

  19. 身体の向きが、浅い水へ別の深さをつくる

    寝転ぶと海になる

  20. 細く延びた量が、器の中でもう一度縮む

    一杯が腕より長い

  21. 見終えた片側が、反対側の続きを先に教える

    半分がもう半分を連れてくる

  22. 壊れた場所が、残った仕事の外側にある

    欠けた方を持つ

  23. 同じ熱の上で、別々の残り時間が進んでいく

    鉄板には途中が並ぶ

  24. 消える光を待たず、次の明るさが加わっている

    夜になる前の灯り

  25. 一台ずつの移動が、離れた目には一本の道になる

    車が道を描き足す

  26. 瓶の総量を、指示と計量が時間の単位へ分ける

    百ミリリットルの何回

  27. 強い逆光が、設備の奥行きを輪郭へ畳んでいく

    工場は一枚になる

  28. 壁のない広間に、言葉が別の内側を吊り下げる

    天井から家族

  29. 一本の白さに、できた時刻の違いが並んでいる

    雲の片端が古い

  30. まだない階の外側まで、クレーンの腕が先に届く

    建物より先に空を使う

  31. 屋根を失った部屋が、歩く人の前で平面へ変わる

    部屋が地図になる