或る世界

2019年11月

  1. 知ろうとする目にも、越えてはいけない空白がある

    ここで止める想像

  2. 足せる自由は、戻れない側にだけ開いている

    戻せない一滴

  3. 知らない者同士の動きが、短い境目を作っている

    誰も引かなかった線

  4. 見えない先まで、次の水面だけは続いている

    川は少しずつ見える

  5. どの皿にも、先に食べてほしい短い時間がある

    食卓の時差

  6. 大きく見えるものほど、近くの光を背負っている

    人より長い影

  7. まだ着いていない人へ、名前だけが迎えに出る

    入口より先に着く名前

  8. 一か所を埋めるため、残った全体が少しずつ沈む

    みんなで低くなる

  9. 通れない幅も、向きを変えれば別の長さになる

    荷物は小さくならない

  10. 景色が替わらない道にも、通り過ぎた数は増えていく

    同じ柱を追い越す

  11. 境目の内側にも、まわりの味は入り込んでいる

    汁を連れてくる具

  12. 消えた火の仕事が、食卓でまだ続いている

    火のいない鉄板

  13. 感じていた熱が、身体を離れて読める形になる

    身体の外の三十八度

  14. 分けて閉じると、必要な分だけ先に始められる

    残りはまだ始まらない

  15. 近い人ほど、背もたれの向こうで見えなくなる

    いちばん近い背中

  16. 値段が、選び終える瞬間を丸く囲んでいる

    一回ぶんの皿

  17. 分かれた水は、同じ名前のまま砂州を追い越す

    川は二本にならない

  18. 時間を戻さず、見える夕方だけが少し戻る

    夕日は一度戻る

  19. 同じ服が、知らない一人ずつを先に仲間にする

    名前より先の制服

  20. 読める表面を、読めない糸の往復が支えている

    文には裏側がある

  21. 一切れ増えるたび、元のまとまりは遠くなる

    何本だったか

  22. 水が落ちる場所にも、落ちていない時間がある

    滝にいて、落ちていない

  23. 渡り切るためでなく、途中へ届く細い道

    向こう岸が目的ではない

  24. 場所を教えず、そこにいることだけを照らす

    目印は流れていく

  25. 違うものを足さず、一つの材料の幅を広げる

    麺が麺にのっている

  26. 同じ奥行きにいるものを、一列まとめて通す

    ピントの薄い壁

  27. 顔を残しても、その人の見ていた先までは持てない

    視線の行き先は写らない

  28. 変化を止めず、先に引き受けるものがある

    花より先に溶ける

  29. できることを閉じると、向けた先が見えてくる

    手を使わない時間

  30. 身体を畳むと、低い場所にも居場所ができる

    頭上の余白は膝にある